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三遊亭 歌之介 【龍馬伝】

 
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※多少の音ズレがあります ご了承ください。

【三遊亭 歌之介(さんゆうてい うたのすけ)】(1959年4月8日 – )は、日本の落語家。本名、野間 賢(のま さとし)。落語協会所属。故郷の鹿児島弁の落語で注目を集めている。出囃子は『われは海の子』

小学校1年生の頃に両親が離婚し、母・ノキ子と共に、夜行列車で、当時住んでいた京都府から鹿児島に帰った。ノキ子は帰郷後半年、近所のラーメン屋で働いていたが、ラーメン屋のおばちゃんが子供達にラーメンを御馳走してくれた時、息子(歌之介)が食べずにいたら、ラーメン屋のおばちゃんに「早く食べないと(麺が)伸びるよ」と言われた為、母の給料からラーメン代を引くかどうかラーメン屋のおばちゃんに問うたやり取りを聞き、「幼い賢(歌之介)に金の心配させた。ラーメン屋のアルバイトでは子供三人は養えない」と、大阪の紡績工場に出稼ぎに行った為、7年間、祖母に預けられたと明かしている。小学生のころは冷え性で、6年生の時まで夜尿症が治らず、ノキ子が電気あんかを買って送ったという逸話がある。

大阪市立汎愛高等学校卒業後、1978年(昭和53年)3月、3代目三遊亭圓歌に弟子入りし、前座名は「三遊亭歌吾」となる。1982年(昭和57年)5月、二つ目に昇進し、「三遊亭きん歌」となる。当時住んでいたアパートの家賃を滞納していたが、アパートの廊下で落語会を催して滞納分を支払った。1985年(昭和60年)、若手演芸大賞最優秀二つ目賞を受賞するとともに、NHK新人落語コンクールに入賞。1987年(昭和62年)5月、落語協会の真打昇進試験を受験し、新作落語『寿の春』で合格する。同年10月、18人抜きの大抜擢で真打昇進し、初代「三遊亭歌之介」となる。(ウィキペディアより)

【あらすじ】
天保六年の土佐で、夢に白い龍を見た女性が背中に馬のたてがみのような毛が生えた赤ん坊を産み落としました。この龍と馬から、生まれた子どもは龍馬と名づけられました。そう、彼こそ幕末の志士、坂本龍馬だったのです。幼い頃はひ弱だった龍馬も姉の乙女に剣道を勧められてからは、次第に頑強な少年に成長していきます。そして脱藩して江戸へ行った龍馬が北辰一刀流を学んでいると、ある日、日本を震撼させる事件が起きました。アメリカから黒船がやって来たのです。このままでは日本の夜明けが来ないと思った龍馬は…。 (ラジオ デイズより)

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